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名古屋地方裁判所 平成8年(ワ)2197号 判決

原告

モーリス・トレツキー

ほか一名

被告

加藤勝年

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し、各金一五〇〇万円及びこれに対する平成七年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自転車で交差点を横断中に普通乗用自動車と衝突して死亡した被害者の両親が、民法七〇九条に基づき、自動車の運転者に対し損害賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実等

1  ジヨシユア・ライアン・トレツキーは、平成七年二月四日午前三時四五分ころ、三重県四日市市西新地三番一〇号先の交差点において、横断歩道を自転車に乗つて横断中に、被告が運転する普通乗用自動車(以下「加害車」という。)と衝突し、頭部打撲の傷害を負い、同日死亡した(争いがない。)。

2  原告らは、ジヨシユアの両親であり、ジヨシユアの本件事故による損害賠償請求権の各二分の一を相続により取得した(甲三の2)。

3  原告らは、本件事故による損害の填補として、自賠責保険から三〇〇〇万二六〇〇円の支払を受けた(争いがない。)。

二  争点

被告は、損害額を争うほか、ジヨシユアには、対面信号が赤色を表示していたにもかかわらず、これを無視して交差点に進入し、しかも、夜間、黒い色彩の服装で、自転車を無灯火で運転した過失があるから、過失相殺すべきである旨主張する。

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1  証拠(乙一ないし四、証人藤原六郎、被告)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件交差点においては、東西に通じる市道(以下「東西道路」という。)と南北に通じる市道(以下「南北道路」という。)とが直角に交差している。

東西道路は、車道幅員約一五メートル、片側二車線(一車線の幅員は三メートル)であり、両側に幅員約四メートルの歩道が設けられており、本件交差点を中心に東西側約四〇メートルの付近から右折専用車線が設けられており、その範囲では片側三車線となつている。

東西道路の最高速度は毎時四〇キロメートルに規制されていた。

南北道路は、歩車道の区別がなく、本件交差点の南側が幅員約七・二メートル、北側が幅員約六・七メートルの片側一車線となつている。

(二) 被告は、加害車を毎時約八〇キロメートルの速度で運転して、東西道路の第二車線を西方から本件交差点に向かつて進行し、同交差点の手前一〇〇メートルないし三〇〇メートルの地点まで来た時、タクシーが別紙図面の〈A〉の地点で信号待ちのために停止していることを認めた。

間もなく、対面信号は青色の表示に変わり、右タクシーは本件交差点に進入して右折を開始し、右タクシーの運転手の藤原六郎は、右折の途中で、同図面の〈ア〉の地点付近に自転車に乗つているジヨシユアがいることを認めた。

(三) 被告は本件交差点を直進するつもりで、右タクシーに続いて本件交差点に進入しようとして第二車線を同図面の〈1〉の地点まで進行した時、同図面の〈イ〉の地点にジヨシユアを発見し、危険を感じて直ちに急ブレーキをかけ、ややハンドルを左に切つたものの、間に合わず、同図面の〈×〉の地点でジヨシユアに衝突した。

(四) 本件事故当時、ジヨシユアは、濃紺のセーターと青色のジーンズを着用していた。

(五) 西方から本件交差点に向かつて進行する被告からは、前記〈A〉の地点に停止していたタクシーが障害となつて、本件交差点東側の対向車線上の横断歩道に対する見通しは不良であつた。

2  被告本人尋問の結果中には、ジヨシユアの自転車は無灯火であつたとの供述部分があるが、被告は、本人尋問において、ジヨシユアを発見した時、同人が自転車に乗つていたかどうかも、どちらを向いていたかどうかも分からなかつた旨供述していること、証拠(乙一)によれば、本件事故直後に実施した実況見分においては、右自転車の灯火の発電用マグネツトは作動の状態で破損していたことが確認されたことが認められることに照らし、ジヨシユアの自転車が無灯火であつたとする被告の供述部分は、直ちに採用することはできないものというべきである。もつとも、右マグネツトは、加害車との衝突の際に受けた衝撃によつて作動の状態に入つた可能性も否定することができないから、結局、右自転車の灯火が点灯していたか否かは、不明というべきである。

また、被告本人尋問の結果中には、本件交差点の手前(西側)の交差点を通過するまでの被告の運転状況に関し、明瞭を欠く供述部分があるが、そうであるからといつて、前記1の認定が覆えるものでもないものというべきである。

3  以上によれば、ジヨシユアは、夜間、目立たない色彩の服装で、自転車に乗り、東西道路の横断歩道の対面信号が赤色を表示していたにもかかわらず、東西道路東側の横断歩道上を南から北に向かつて進行し、青色の対面信号に従つて本件交差点に進入して来た加害車と衝突したものであり、本件事故の発生については、ジヨシユアに信号無視の過失があつたものといわなければならない。

また、本件交差点に向かつて進行する加害車からは、前記タクシーが障害となつて、本件交差点東側の対向車線上の横断歩道を見通すことが困難であつたのであるから、被告がジヨシユアとの衝突の寸前まで同人の存在に気付かなかつたことは止むを得ないものというべきであるが、被告は、毎時四〇キロメートルの制限速度を大幅に超過する毎時約八〇キロメートルの高速度で加害車を運転していたものであり、被告の右高速度運転が、ジヨシユアの死亡という不幸な結果を招いた可能性を否定することができないから、本件事故の発生については、被告にも過失があつたものというべきである。

そして、双方の過失の態様を対比すると、その割合は、ジヨシユアが五五パーセント、被告が四五パーセントというべきである。

二  損害額

1  診察代(請求額同額) 二万五四四〇円

証拠(甲一〇、一三、証人田中敏光)によれば、ジヨシユアの診察代として、右金額を要したことが認められる。

2  棺代等(請求額同額) 七七万七三五九円

証拠(甲一〇、一二の1、2、証人田中敏光)によれば、ジヨシユアの棺代等として、右金額を要したことが認められる。

3  遺体輸送費等(請求額同額) 八一万九七〇五円

証拠(甲一〇、一四の1ないし7、一五の1、2、一六の1ないし13、証人田中敏光)によれば、ジヨシユアの遺体の米国への輸送費等として、右金額を要したことが認められる。

4  残荷物返送料(請求額同額) 六万九七三〇円

証拠(甲一〇、二一の1、2、証人田中敏光)によれば、ジヨシユアが残した荷物の米国への返送料として、右金額を要したことが認められる。

5  会社損失(請求額同額) 一九九万一四三六円

証拠(甲一〇、証人田中敏光)によれば、本件事故当時のジヨシユアの勤務先であつた三重通商貿易株式会社の姉妹会社のホンダ北三重販売株式会社においては、従業員らがジヨシユアの遺体を米国へ輸送するための手続に従事し、さらに米国への輸送にも同行したために、その間会社の業務を遂行することができず、その結果右会社は一九九万一四三六円の損失を被り、原告らは右会社に対しその立替払いをしたことが認められ、右金額もジヨシユアの死亡と相当因果関係のある損害というべきである。

6  葬儀関係費用(請求額同額) 一一五万〇四二六円

ジヨシユアの葬儀関係費用としては、原告らの請求に係る右金額を認めるのが相当である。

7  逸失利益(請求額五八四六万八五〇〇円) 三六七六万〇四六八円

証拠(甲三の1、2、六、七の1、2、八、証人田中敏光)によれば、ジヨシユアは、一九七一年(昭和四六年)三月四日生まれで、本件事故当時は二三歳であつたこと、ジヨシユアは、平成六年九月一日付けで三重県四日市市所在の三重通商貿易株式会社との間で同年一〇月一日から平成八年九月三〇日までの二年間の雇用契約を締結し、月額二五万円(年額三〇〇万円)に成績による歩合給を加算した給与の支払を受けていたことが認められる。

なお、証拠(甲二三ないし二五の各1、2)によれば、ジヨシユアは、ニユー・メキシコ大学で歴史を専攻し、文学士号を与えられたこと、将来は弁護士の資格を取得すべく、ロースクールに入学するための準備を進めていたことが認められるが、右事実により、ジヨシユアは将来弁護士になる蓋然性が高かつたものということはできないものというべきである。

右によれば、ジヨシユアの逸失利益は、賃金センサス平成七年第一巻第一表産業計・企業規模計・男子労働者・大卒の該当年齢層の平均賃金三二〇万七三〇〇円を基礎とし、生活費として五〇パーセントを控除し、就労可能年数を六七歳までの四四年として、ホフマン方式により中間利息を控除して求めるのが相当であり、これによれば、ジヨシユアの逸失利益の本件事故当時の現価は、三六七六万〇四六八円(3,207,300×(1-0.5)×22.9230=36,760,468)となる。

8  慰謝料(原告ら固有分を含む。請求額同額) 二二〇〇万〇〇〇〇円

ジヨシユアの死亡による慰謝料の額は、二二〇〇万円と認めるのが相当である。

三  過失相殺

右二のとおり、ジヨシユアの損害額の合計は六三五九万四五六四円となり、前記の過失割合に従い、右金額から五五パーセントを控除すると、被告が賠償すべきジヨシユアの損害額は二八六一万七五五三円となる。

四  損害の填補

原告らは、自賠責保険から三〇〇〇万二六〇〇円を受領しているから、被告が賠償すべきジヨシユアの損害額は、右保険金によつて填補されており、被告が賠償すべき損害の残額はないものというべきである。

(裁判官 大谷禎男)

別紙図面 略

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